ノーマライゼーション・教育ネットワーク会員通信2019年春号

【代表】新井淑則   【事務局】岩井隆 〔ホームページ〕  URL:http://www.japan-normalizatio.com/ 連絡先〈 郵便 〉〒344-0041 埼玉県春日部市増富763-1 飯島気付             〈 電話 〉090―2441―0938(岩井)             〈メール〉rsj78162@nifty.com(宮城)

「障害者雇用水増し」問題で埼玉県教委と話し合い!

 2019年1月22日、教育ネット事務局メンバー5人は県庁衛生会館511室に入って行きました。昨年12月に要望していた話し合いが この日午前10時から開催されるからです。用意されていた席に新井・飯島・岩井・宮城・森谷(敬称略、50音順)は幾分緊張した面持ちで座り ました。  間もなく県教委の職員5名が対面に着席して話し合いが始まりました。進行は本会の飯島さんが勤めます。まずは自己紹介。県教委からの出 席者は総務課から課長の岡部さん・松本さん・新田さんの3名、小中学校人事課の石原さん、県立学校人事課の小坂さんでした。

 当事者団体の教育ネットが声を上げなければ !

 つい半年前には教育ネットメンバーの誰1人として、新年の明けて間もないこの日に県教委とこのような話し合いを持つことなど想像できな かったでしょう。昨年秋、国の中央省庁における「障害者雇用率の水増し」が発覚しました。すると間もなく地方公共団体にもそれが飛び火し ました。埼玉県教育委員会も例外ではなく、「171人の障害者雇用水増し」(朝日新聞2018年10月23日)という実態が判明しました。今回の話 し合いは、この事態を受けて急遽要望したものです。  この「水増し」は、教育ネットにとってその存在基盤を揺るがしかねない事態であると私たちはとらえています。  第1に、埼玉県教委が発表する障害者雇用率は、私たち教育ネットが推し進めてきた教育現場のノーマライゼーション(個々の障害教師への支 援、物的・人的・心的支援の拡大充実、児童生徒・教職員・保護者・市民の理解の訴えなど)が一定程度の浸透を果たし、それが雇用率にもわず かながらも反映していると考えてきました。が、その雇用率そのものがでたらめな数字であり、障害当事者や当事者団体の働きかけ・訴えも県 教育委員会は軽視していると考えざるを得ません。  次に、障害のある教師の絶対数が少ないことが上げられます。2018年度の埼玉県教育委員会の障害者雇用率は、法定雇用率の2,4%には遠 く及ばず1,66%でした。小・中・高校・特別支援学校の教師だけの雇用率は1,04%とさらに低くなります。私たち教育ネットが教育現場のノーマ ライゼーションを共に推し進めるために手を携えようとしてきた障害のある教師は元々採用される人が少ないのです。また、中途障害者になって も適切なサポートがなく勤務継続をあきらめざるを得ない人もいたはずです。これでは教育現場のノーマライゼーションが進行するどころか、 絶対少数の障害のある教師が職場で孤立し声も上げられない状況が続くことを危惧せざるを得ません。  ですから、この「水増し」という緊急事態とも言うべき事態を見過ごすことはできずに、昨年12月20日に県教育委員会宛に要望書を提出し 話し合いを求めました。

 有意義だった話し合い

 自己紹介が終わると、本格的な話し合いに移りました。まず教育ネットが提出した要望書(巻末資料1参照)の要望(質問)を飯島さんが読み上げ ます。それに対して教育局名で出された「ノーマライゼーション・教育ネットワークの要望書に対する回答」(巻末資料2参照)が県教委側からや はり読み上げられます。その県教委回答への更なる質問を行うという形式で話し合いは深められました。おおよその分担で、要望(1)の回答への 再質問を岩井さん、要望(2)の回答への再質問を宮城さん、要望(3)の回答への再質問を新井さんが行いました。当初1時間程度の話し合い時間 を設定していたのですが、休憩時間をはさんで話し合いは11時40分頃まで続きました。  以下に、「埼玉県教育委員会との話し合いの質疑応答のまとめ」・話し合いで新たに分かってきたことや問題点を報告します。

埼玉県教育委員会との話し合いの質疑応答のまとめ

 約1時間半になる話し合いを一言一句漏らさずここに記載するとなると、大変なページ数になります。また、口頭で行われた話し合いですので、 そのまま活字に直すとかえって分かりにくくなります。口頭の部分は簡潔にまとめ、分かり易くしました。 1)まず12月20日に提出した要望書の要望事項を記しました。 2)次にその要望事項に対する埼玉県教委の回答(文書)をそのまま掲載しました。 3)その県教委の回答への質問を教育ネット側から口頭で行いました。(簡潔にまとめています) 4)その次の行に「」でくくられた文章が、教育ネット側からの質問への県教委からの回答(口頭)です。(こちらも簡潔にまとめています。)

要望事項(1)についての話し合い

(文書質問)「貴教育委員会の水増しの実態を明らかにしてください、何年からか、どの段階(学校 市町村 県)で改竄《かいざん》があったの か、水増しの内訳」 (文書回答)『障害者の確認・把握に関する事実関係や問題点の検証・評価を第三者の立場から行うために「障害者雇用検証委員会」を平成30 年10月に立ち上げました。調査の結果については今年度中に取りまとめると伺っております。なお、障害者雇用に関する不適切な計上について は別紙のとおりでございます。』

「水増しが何年からなのか」の詳しい回答を求めた質疑応答

(質問)過去5年間の新聞記事をご覧ください。2014年3月の記事に2013年の埼玉県教育委員会の法定雇用率の記事「県教委 障害者雇用1・76% 不足110人全国ワースト3位」とありますが、それが、2016年には2・21%までに改善した、ということなので、埼玉県教育委員会は3年間で雇 用率を達成したのだなあと私はおもっていました。が、今回達成していないことが判明しました。2013年から2016年の3年間でいろいろ努力され たのですが、それでも達成できなかったので何とか数字をゴマ化して2・21%にもっていこうとした。そういうことが今回起こった水増しの原 因なのではないですか? (回答)「不適切な方法で障害者雇用率を算出していたのは、ここ2~3年のことではなく、もっと前からのことととらえています。1・76%か ら3年で2・21%になったというのは、その間に意図的に引き上げたというのではなく、この3年間で非常勤職員を中心にかなりの障害者の方を 雇用させていただいてます。数字が上がったそのものについてはそういった取り組みの結果と考えています。」 (質問)ということは新聞記事の1・76%は正確ではないということですね? (回答)「いま全国的に問題となっているのは、計上の仕方・算定の仕方が、障害者手帳を確認して雇用率を算定するという国のガイドラインの 通りにやっていなかった、ということが今回判明しました。2013年の1・76%も今回も、計上した雇用率と実際では乖離が大きく出てしまいま した。」 (質問)2013年の1・76%は不適切な計上があってこの数字になったということですが、実際の雇用率はいくつだったんですか? (回答)「2013年の実際の雇用率は調べていません。再調査をかけたのは平成29年と30年の2年間だけです。」 (質問) ということは、いつから水増しが行われていたのかは分からないのですか? (回答)「いつから行われたかというのは、今障害者雇用検証委員会で経過・経緯を検証しているところです。」   (質問)いつからかは分からないけれど、障害者雇用促進法ができた時から適当な数字を上げて、40年以上にわたって水増しを実際やってきたの ですか? (回答)「障害者雇用促進法の制度ができた時からやったのかは、ここでは何とも言い難いところです。」

「どの段階で改竄があり、水増しが行われたのか」の詳しい回答を求めた質疑応答

(質問) 改めてお伺いしますが、雇用率は最終的に誰が出して、誰に報告しているのですか? (回答)「小中学校につきましては小中学校人事課、県立学校につきましては県立学校人事課、教育局の職員については総務課がそれぞれ調査を いたしまして、総務課で3つの課の分を取りまとめまして、埼玉労働局の方に提出をしております。」 (質問) 学校現場で実際に障害者の存在を調べる時、私が経験したのは、「職員調査票」に障害者手帳の有無を書いて教頭先生に提出したので すが、教頭先生が取りまとめた後はどのような流れになっているのですか? (回答)「各学校で取りまとめていただいたものを各市町村教育委員会で取りまとめていただいて、教育事務所を通じて小中学校人事課の方に報 告が上がってきます。」 (質問) そこに手帳の写しは来ないですよね? (回答)「手帳の写しを出すというのはもとめていません。」 (質問) どこで不適切な数字の計上があったのかなと思うと、教頭先生がそんなことはしないと思うんです。そうなると、どの段階で行われた のだろう? 教育事務所なのだろうか? 小中学校人事課なのだろうか?その辺りなのかと思うのです。実際に2017年度の段階で小中学校人事課が 取りまとめた障害者数と実際のゴマ化しでなかった数字の開きというのはどのくらいあったのですか? (回答)「2017年ではなく2018年6月1日の数字なのですが、当初は208人を障害のある先生方というので計上していましたが、確認をし直しま したら、97人の方の手帳が確認できませんでした。残りの111人に減ってしまったということです。」 (質問) そうすると、本年度6月1日現在の数字として計上した数の約45%(正確には46・6%)が不適切な計上だったということですよね。 (回答)「そういうことになります。」 (質問) なぜ、そのようなことが起こったのですか? (回答)「小中学校の先生方に平成26年から悉皆《しっかい》調査(調査対象をすべて調査すること)という形で障害をお持ちかどうかという調査 をかけています。そこの取り扱いとしまして手帳をお持ちの方を対象に調査をかけている訳ではなく、手帳を持っている持っていないにかかわら ず障害をお持ちであれば、申告して下さいという調査のやり方をしているのです。障害区分ごとに症状が書いた用紙が入っておりまして、それが 視覚・聴覚・音声・肢体・内部障害という形に分かれているものを皆さんにお渡しして、そういう障害をお持ちの方はそれに丸を付けて、持って いない方は「ない」という形で出していただいています。」 (質問) そこに手帳の有無について、あるいは手帳の等級について答える欄というのはあるのですか? (回答)「障害の等級について書く欄はあるのですが、手帳の有無についての確認はここでは行っていません。」 (質問) 手帳のない人が自分の等級について書けないですよね? (回答)「等級について、表のイロハニの欄で分かれるようになっていて、書くようになっています。」 (質問)それは、おかしいじゃありませんか? 等級を判断するのは医者ですから、他の者にはできないはずですよ。 (回答)「別添で等級表を付けています。障害者手帳を持っていないけど、自分が実際抱えている障害の程度がここに該当するなと思われる方は 書いて自己申告をしていただいております。」 (質問) その調査は何のために行ったのですか? (回答)「障害をお持ちの方の数を把握するためにおこないました。」 (質問) それだけですか? (回答)「だけ、と言いますと?」 (質問) 障害を持っている人がいたら、その障害に応じて適切なサポートが必要でしょう。そのサポートをするために調査したんじゃないんで すか? (回答)「ここが不適切な処理のところでした。身体障害者程度等級表というのが法律の付表で定められていて、そこを読むと手帳を所持してい ないけれども障害を持っているという方も申告できるようになっているんです。それを障害者雇用の実数の把握のためということで、そんなふう にしたという事実があります。これは不適切な処理の仕方、ガイドライン違反です。」 (質問) もう1つお伺いします。小学校・中学校のそれぞれの段階で実際に手帳を持っている人の数と調査で上がってきた人の数とは違うとい う現実がある訳ですね。個々の学校の段階でゴマ化しはできないと思います。そうすると、その先の市町村の教育委員会・教育事務所・小中学校 人事課で数が足りないから、適当に増やすということはありますか? (回答)「そこは今障害者雇用検証委員会でヒアリングをしているところです。そういった事実があるかも知れませんし、ないかも知れません。」 (質問) 退職者を計上したことと軽度の障害者を重度に換算したということは考えられますか? (回答)「これも検証委員会で調べているところで、何とも言えないところです。」 (質問) 調査して名前が上がった人たちの所属や障害の等級等を一覧にした控えは作るのですか? (回答)「当然、個々の個人の情報なので、そういったことを知らないで計上することはできないので、そのような把握はしてあります。ただそ の人事情報だけをもってポイントを入れてしまうのはガイドライン違反になります。埼玉県もそういった事務処理をしていた経緯もあります。」

要望事項(2)についての話し合い

(文書質問) 貴教育委員会での障害者採用計画を提示してください。 (文書回答)「法定雇用率を達成していない都道府県教育委員会は2年間での達成が求められています。本県、教育委員会も平成32年12月末 までに、法定雇用率達成が求められており、それまでに法定雇用率を達成できるよう作業を進めてまいります。障害者雇用推進委員会の中間報告 にあるように、障害者非常勤職員を中心に採用を行う予定です。障害種については、身体障害者だけではなく、知的障害者や精神障害者も採用し たいと考えております。」 (質問)正規職員の採用は? (回答)「本採用の職員については、特別選考を行っています。そのような取り組みは、以前からやっており、今後もやっていきたいと考えてい ます。まずは、非常勤職員で雇用の拡大ができないかと考えています。推進委員会の提言を踏まえて、現在そちらのほう(非常勤職員採用)で考 えているところです。」 (質問)本採用職員の応募状況は? (回答)「ここ数年、教員については障害者特別選考をやっています。だいたい志願者が20人台というところです。」 (質問)採用条件に自力通勤といったものはあるか? (回答)「かつてはやっていたが、今年の採用試験から、撤廃しています。」 (質問)非常勤職員の仕事の内容は? (回答)「非常勤職員は、例えば事務の補助、あるいは先生方の補助等を考えています。先生方の補助では、先生の事務的な補助や清掃の監督と いったものを考えています。一般の教員や事務とは別に、非常勤職員の応募、選考、採用を考えています。今までもやっており、今年度6月現在 122人採用しております。」 (質問)採用にあたっては、障害特性を考慮されているのか? (回答)「選考採用する中で、本人の適性を考慮して配属を考えています。障害者雇用を拡大していく中で、障害者の働きやすい職場づくりや、 障害者一人一人の状況、適正に応じた職場を考えていかなければと思います。」 (質問)採用された障害者の合理的配慮は? (回答)「法定雇用率が2,4になりまして、2カ年で達成しなくてはならないため、いろいろな障害種からの採用を考えていかねばならないと 思います。単なる数字合わせではならないと思います。きちんと支援してケアしていかなければと思います。すぐに辞めてしまうと、私たちも不 幸であるし、採用された方も不幸です。例えば、働く障害者の支援員等の採用も考えています。中間報告にもあるように、今検討しているところ です。」 (質問)非常勤職員で雇用率を達成してしまうと、今後障害者雇用が進まないのでは? (回答)「障害者雇用推進法では、平成30年6月現在では1,66%で、法定雇用率が2,4%ということで達成していないということになっ ています。2年間で計画を立て、達成するようにしなくてはなりません。達成して終わりという問題ではないと思います。根本的には正規採用の 先生が入ってもらいたい、いわば先生方の雇用率をあげるのが究極の目的だと思います。そうすれば、おのずと非常勤職員を採用しなくてもすむ。 長い目でみなくてはいけない問題だと思います。今後先生方の雇用をしっかりとやっていきたいと思います。   

要望事項(3)についての話し合い

(文書質問)採用後の支援計画を提示してください。 (文書回答)「障害者雇用推進委員会の提言に基づいて、県教育委員会としては、障害者を採用するにあたって障害者の方が業務遂行に必要な支 援や指導を行える支援員の配置や、必要な機器の設置を考えています。また、障害者雇用を推進するための研修を実施していきたいと思います。 更に、障害者のサポートや、障害者を雇用する学校や課所館の支援等を行う専担組織の設置を含めて検討してまいります。」 (質問)障害者雇用推進委員会のメンバーに障害当事者は入っているか? (回答)「田中 一(はじめ)さんという障害者協議会の代表が入っています。」 (質問)障害者の支援員や施設設備の予算立ては? (回答)「予算を確保できるように鋭利努力しているところです。」 (質問)働く障害者の相談窓口の設置は? (回答)「障害者雇用推進の専担組織が、働く障害者や事業主の相談窓口となります。」 (質問)障害のある教員がいても教員定数はかわらないのか?合理的配慮により適切に加配しなくてはならないのでは? (回答)「新井先生の場合は加配しているが、障害のある先生がいても加配されているとはいえません。国を挙げて制度改革が望まれます。教員 定数の中で、加配させてもらっているのが現状です。」 (質問)最後に。 (回答)「埼玉県教育委員会の障害者雇用水増し問題では、民間にくらべて率先してやらなければならない立場であるのに、大変申し訳なく思っ ています。その経緯は検証委員会でしっかりやっています。これから、どう進めていくかは推進委員会でやっていきます。まず、中間報告を受け て、短期的であるが非常勤職員の採用を考えています。また、長い目で障害者雇用を進めていくつもりです。」

埼玉県教委との話し合い報告1-水増しはなぜ起きたか? 岩井 隆

1、話し合いの内容とその分析

 昨年12月20日に提出した要望書への教育局名で出された「ノーマライゼーション・教育ネットワークの要望書に対する回答」がまず話し合 いの冒頭で手渡された。文書での回答というので、私は冊子状の長い文章の回答を想定していたが、A4用紙4ページ(うち2ページは資料)の簡単 であっさりしたほとんど回答となっていないものだった。  第三者委員会である障害者雇用検証委員会が「障害者の確認・把握に関する事実関係や問題点の検証・評価」(県教委回答)をまとめているので、 そのまとめを待ってほしい、これ以上のことは答えられないということだろう。としても、あまりにもこの回答は何も答えていないではないか。

新聞記事を手掛かりに

 「いつから水増しがあったのか?」と問うても、障害者雇用検証委員会が調査中であることを盾に答えないことは充分に予想される。そこで、 用意をしておいた新聞記事を資料として提示した。それは、埼玉県内の障害者雇用に関するここ5年ほどの新聞記事のコピーである。22日の話 し合い当日は5枚の資料を用意したが、本誌の紙数の関係もあり、ここでは最も内容が大事な記事を1枚(巻末資料3、P 参照)だけ提示したい。 その見出しには「埼玉県教委 障害者雇用1・76%」とある。  2016年には埼玉県教委は法定雇用率を達成したことになっているので私は「次の年の2014年から2016年のこの3年間で一挙に水増 しを行って雇用率を引き上げ、法定雇用率を達成したことにしたのではないですか?」旨の質問をした。  県教委側は意図的な水増しはない」旨を答えた。だけでなく大事な回答もしている。  「不適切な方法で障害者雇用率を算出していたのは、ここ2~3年のことではなく、もっと前からのことととらえています。  「2013年の実際の雇用率は調べていない。再調査をかけたのは平成29年と30年の2年間だけです。」  当然のことと考えていた障害者手帳を確認して障害者数を計上することが、実は長い期間に渡って行われていなかったのである。

悉皆(しっかい)調査の驚き

 次に、「どの段階で改竄があり、水増しが行われたのか」の詳しい回答をもとめて、私は質問した。「実際に2017年(平成29年)度の段階で小中 学校人事課が取りまとめた障害者数と実際のゴマ化しでなかった数字の開きというのはどのくらいあったのですか?」  県教委側はこう答えた。「2017年ではなく2018年6月1日の数字なのですが、当初は208人を障害のある先生方というので計上していましたが、 確認をし直しましたら、97人の方の手帳が確認できませんでした。残りの111人に減ってしまったということです。」  小中学校の教職員で障害者として計上した数の46・6%が不適切な計上(水増し)だった。  さらに「なぜ、そのようなことが起こったのですか?」と問うと、県教委側はこう答えた。  「小中学校の先生方に平成26年から悉皆調査という形で障害をお持ちかどうかという調査をかけています。」  ここで、悉皆調査(調査対象をすべて調査すること)という言葉が飛び出してきた。2014年度より障害者の調査方法を大きく変えたのである。つま り、それまでの障害についての調査は教職員の氏名・年齢・住所・所持する教員免許などの調査情報の1つとして「障害者手帳の所持」も一括して 「職員調査票」で調べていたに過ぎない。が、2014年度からは「障害」のみを特化して調査を始めたということである。  「埼玉県教育委員会との話し合いの質疑応答のまとめ」をお読みいただいて既にお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、県教委はこの調査 が厚生労働省のガイドラインに違反していたことを承知のうえで行っていたのではないかという疑いがある。  さらに 私が懸念するのは、この調査に該当すると答えた当人に、「障害者の1人として数えられ、その数が厚労省に報告される」ことの承諾を 取っているのか、本人には知らされていないのではないか?という疑念である。  そして憂慮すべきは、そのようにして答えた障害者(と思われる人)に何のサポートもないことだ。当人との面談や相談、病院への受信、必要なら ば障害者手帳の取得、障害があれば合理的配慮があることの説明などが考えられる。  自らの身体などに不安を抱え勇気を出して調査に答えたのに、何のサポートもないとなれば、これから先、数字(障害者数・雇用率)を上げるため だけのこんな調査に本当のところを答えるだろうか?疑問を禁じ得ない。

2、もう少しえぐってみると

 上記の話し合いを通じて教育ネットが知りえた事柄は、次の2点にまとめられる。  ア、不適切な方法で障害者雇用率を算出していたのは、ここ2・3年のことだけではなく、もっと前から行われてきた  イ、2014年度より「悉皆調査」を開始する。用紙を回収し、該当者の数だけ(手帳の所持は無調査)を障害者数に計上していた。  なぜ「ア」や「イ」のような「水増し」が起こりえたのかもう少し分析してみよう。

「ア」の「水増し」の分析

 「障害者雇用促進法」が一定数の障害者の仕事や勤務を確保し障害者の生活・人権を保障することが、法制定の主旨であった。が、現実には次の ような意識が多くの職場に存在していたのではないだろうか?それは、障害者を共に働く労働者・仲間とは考えず、一段低く見ていた。その仕事・働 きも副次的なもの・効率の悪いものと決めつけ、恩恵で雇っている・賃金や処遇が他の者と違っていて当然という意識だった。そこでは法定雇用率を 達成しようなどとは考えず、そのような法制度を煩わしく感じただろう。だから、雇用促進法に適当に対処する術として、「水増し」が行われたのは 普通のことだったのだろう。  こうして漫然とした「水増し」は継続し、障害者の雇用はいい加減に取り組み、またその方がかえって職場のプラスになるという暗黙の了解が40 年余にわたり各職場で引き継がれてきてはいないだろうか?

「イ」の「水増し」の分析

 悉皆調査だけが雇用率を向上させる昨だった訳ではない。埼玉県教委はそれ以前から障害者の雇用に取り組んでいた。教員の選考試験において障害 者特別選考の実施・県人事課で行っている障害者特別選考に合格した障害者の内の何名かを毎年、教育委員会職員に採用などがある。臨時職員の採用 として「チャレンジ雇用」(2012年~)・「チームぴかぴか」(2015年~)も立ち上げた。  しかし、これらの取り組みでも思うほど雇用率は伸びていかなかった。二万数千人在職する教職員の中には潜在している障害者が相当数に上る可能 性があると考えたのだろう。その存在を掘り起こす調査を2014年度より開始した。その調査方法が「悉皆調査」である。より抜本的に、そして一挙に 障害者の数を増やせないかという取り組みだった。  こうして潜在していた障害者(と思われる人)を表に出すことによって、2016年度には法定雇用率2,2%を達成した(ことにした)。  もともと雇用率を達成するというのは障害者が働きやすくするための手段であり、目安だったはずだ。それがいつの間にか達成自体が自己目的化し てしまった。なかでも、「悉皆調査」という方法は障害者数に直接つながるものだけに、「雇用率の達成」という至上命題に応えるための大きな原動 力となっていく。この職務に携わった職員の中にはどこかに不自然さや後ろめたさを伴っていた人がいたのではなかろうか。障害者の数を増やしてい くとしても、障害があるのかないのかよく分からないグレーゾーンの人たちまでも根こそぎ障害者として計上するのだから、余りにも無理がある。そ の無理が通ってしまうのは、厚生労働省・県労働局・メディアの眼・他県の達成状況などの圧力を感じ、「どうしても法定雇用率を達成しなければなら ない」というプレッシャーを振り払えなかったからなのだろう。  

こうして「水増し」は急き立てられ「雇用率の達成」へと暴走していく。

「水増し」=ガイドライン違反(とりわけ、障害者手帳の所持を未確認で障害者として計上)は数十年に渡って続けられてきたことが判明した。が、そ の真相を見極めるには、2つの視点が必要だと考える。「水増し」をもたらした環境・意識は常に同様ではなく、2014年辺りを境として、その前後 では大きく異なってくるからだ。2014年以前は、漫然とした「水増し」で、障害者の雇用への関心は薄くいい加減に取り組まれてきた。一方、 2014年以降は、障害者雇用促進法を根拠に法定雇用率の達成の圧力が高まっていく。それでも障害者の雇用を保障していくという意識は低いまま で、安易な「水増し」に流れていく。

教育ネット、これからの取り組み 宮城道雄

①話し合いの要望(2)(3)について

 県教委との話し合いのまとめ(2)(3)から確認されたことは、教育委員会としては。2020年度に雇用率2.4パーセントを達成するため、非常勤職 員の採用を重視して 事務職の補助活動や、教師の活動の補助の仕事や清掃などの仕事を行うようにするということです。そして、正規職員は特別選 考で、ここ数年は実施されており、毎年の受験者数は20名ほどで推移しています。実際の採用者数はほぼ3から4名ぐらいでした。障害者に対する合 理的配慮については、非常勤職員について、支援員の配置をしたり必要な機器を取り入れるなどして身体、知的、精神障害者を含めて採用するという ことでした。 県教委の今後の方向性では、雇用推進委員会の答申にも出されていますが、非常勤教員として障害者職員を採用することに力点がおか れています。しかし、教育現場でかなり多数の人数を占める正規の教員についてその様々な職種にわたり障害者教員を排除しないこと。そのために勤 務継続できる環境を作ることがきわめて重要な取り組むべき課題です。またそのための予算措置も大きな課題です。新採用教員だけでなく、中途障害 者教員の障害をカバーして勤務継続を保証する取り組みが必要なことが強調されなければなりません。

②県教委との話し合いのまとめから

 報告にあるように 悉皆調査は単に機械的に雇用率達成のため計上しただけでした。当事者と相談活動をして障害の程度を明らかにしてサポートを 行い、働きやすい環境整備を講じることが全くできていません。雇用率達成だけが目標となり、ガイドライン無視の水増しの手段になってしまいまし た。この悉皆調査により、2014年から水増しが行われていただけでなく、それ以前も障害者手帳を持つ実数は把握されていませんでした。雇用率が計 上されるようになって以来、水増しが行われていた、また行政内部にも障害者排除の意識が潜在していたことは看過できない重大問題です。  このような現実は、私たち教育ネットが二十数年間にわたり、障害者教員の働きやすい条件整備のために学校現場からノーマライゼーションを実現 するための活動を多くの支援団体と共に取り組んできたことを否定しています。障害者教員の何人かの仲間が勤務継続を実現してきたのですが、それ らは特例でしかナカッタのでしょうか。多くの病気や事故で障害者教員になった人達の条件整備が放置され、その人たちは困難と苦悩の中で退職に追 い込まれた人もいると考えられます。これらの中途障害者教員が勤務継続できるようにすることが大事な課題と言えます。   昨年の10月から障害者の雇用と水増しの状況を明らかにするために、第三者委員会として、障害者検証委員会と障害者雇用促進委員会が立ち上げ られ、本年2月に答申が出されました。これらの答申を生かしていくことが大切です 厚生労働省や埼玉県労働局、そして教育委員会は、障害者雇用促進法や障害者差別解消法の理念や目的に立ち返らなければなりません。また障害者が 働くための条件整備をすること、合理的配慮をすることが雇用者側の責務とされました。これらの法律を現実の課題に適用しなければなりません。さ らに、ガイドラインに沿った形で雇用率を計上するように研修する必要があります。障害者である教職員や事務職員が他の人たちと共に働くために、 どのようにして働くか。どんな環境整備が必要か具体的に考え研修会を実施することが必要です。水増し問題を深く反省し、研修を深めることが緊急 の課題です

③教育ネットの取り組み

 教育ネットとしての具体的取り組みとして重要なことは、まづは本末転倒した悉皆調査を本来の目的であるべき障害補償のために活用することです。 調査により病気や事故で障害(慢性疾患を含む)持った教員が出たときは、管理職や教育委員会の担当者と当事者の話し合いを持ち、その障害の程度 やサポートの方策を考えることが必要なことです。本人の勤務継続の意思を保証し、働きやすい条件整備を構築すること。またその環境整備をするた めの予算措置が確実に実現されなければなりません。そのことで当事者の教員としての力量と経験などが発揮できる機会が作られる事になります。教 師としての資格を持ち長年教師をしてきた人たちの人権は、障害を理由に損なわれるものではありません。 次に障害者の特別選考が確実に実施され、それぞれの障害に対して適切な条件整備が実施され,当事者が希望する種別の学校に勤務できることが保証 されることです。新採用を行い現場に配置して、障害に対する理解と支援の研修を行い、しっかりした障害者も働きやすい環境整備を実現することは 欠かせないことです。新採用したものの職場環境整備が不十分で現場の教職員の受け入れ態勢ができておらず、当事者の授業外しが行われた悪しき事 例は決してあってはならないことです。さらに大量に採用された人たちが長年にわたり勤務継続できることが保証されなければならない課題です。ま た障害者の教員志望の学生に対する教員採用の情報提供や支援活動をすることも重要な活動です。  以上の課題を通して、教育ネットとしては中途障害教員と新採用障害教員に通じるものとして、障害者が勤務しやすい条件整備を構築すること、物的 ・人的・心的な条件整備を実施することを働きかけ、そのための必要な予算措置を講ずることが必要な課題です。  全体的には、具体的な取り組みを行うとともに、今回のような水増し問題が決して繰り返すことが無いように監視の仕組みを作ることが必要なことで はないでしょうか。

編集部 追記

 本号は1月22日の「水増し問題に対する」埼玉県教育委員会との話し合いを特集いたしました。県教委の回答の中にも書かれているように、埼玉県教 委はこの「水増し問題」に対応して2つの第三者委員会を立ち上げ、検証と今後の対策についての提起を要請しました。2月に入ると、7日に「障害者 雇用検証委員会(第3回)」が、9日に「障害者雇用推進委員会(第5回)」が開催され、教育ネット事務局も何人かで傍聴しました。そして、14日には この2つの委員会が最終報告を教育長に提出しています。  これらの傍聴の報告・最終報告の分析や評価を会員通信に記すべきところですが、本会の定例会は月1回のペースであり、そこまでの対応になかなか 至らないのが現状です。その2つの最終報告は埼玉県教育委員会のホームページに掲載してあります。また、最終報告に記されていることが今後県教委 としてどのくらい取り組むかも未知数です。4月以降も県教委の障害者施策を看ていくことが必要です。本号とそれらの最終報告を読み比べることで、 「水増し問題」の実相に近づくことができると考えております。  下記は2つの最終報告が掲載してあるHPアドレスです。 障害者雇用検証委員会(埼玉県教育局教育政策課) www.pref.saitama.lg.jp/f2203/shougaishakoyoukenshou.html 障害者雇用推進委員会(埼玉県教育局総務課) www.pref.saitama.lg.jp/e2201/suisiniinnkai/suisiniinnkai.html                                        

資料1

2018年12月20日(木) 埼玉県教育委員会教育長 小松弥生 様 ノーマライゼーション・教育ネットワーク 代表 新井淑則 事務局長 岩井 隆       要望書  貴職におかれましては、日頃より本会の活動にご理解とご支援をいただき感謝しております。  私達ノーマライゼーション・教育ネットワークは、障害や慢性疾患を持つ者が教育現場で勤務を継続するために、働ける条件整備や権利確立のため 様々な団体や人々と連帯して支援活動を行っております。お蔭様で本会も結成以来23年目を迎えることができました。  また、本会の代表であり皆野中学校に勤務する新井淑則教諭は、上田知事のご尽力により2008年に長瀞中学校に着任以来11年目を迎えました。本人 の努力もさることながら、貴教育委員会の人的物的条件整備や配慮により、継続勤務ができるものと大変感謝しております。  さて、今年、中央省庁の3700人に及ぶ障害者雇用の水増しが明らかになりました。それに伴い各都道府県でも障害者雇用の再調査が行われました。 それによると、埼玉県教育委員会は171人の障害者雇用水増しが判明しました。この数字は、愛知県の392.5人に次ぐ恥ずべき数字となっています。 (参考:朝日新聞2018年10月23日 社会面)  民間に対して範を示し、指導する立場にある中央省庁や地方公共団体が水増しを行っていたことに憤りを感じます。結果として、障害者の就労を阻ん だことになり、法令違反であり、障害者差別と言えます。  私たちノーマライゼーション・教育ネットワークも、教員採用試験における視覚障害者の点字受験、教育委員会における障害者雇用の実態調査を求め てきました。また、更に中途障害の教員が継続勤務ができるように条件整備を働き続けてきました。本会の代表の新井教諭が勤務継続するために、十数 年にわたって働き続けてきました。まさに今回の障害者雇用の水増しの不正は、本会の23年に渡る活動を踏みにじるもので、断じて容認できるものでは ありません。  そして、障害者雇用率の未達成を解消するために、性急な数合わせの採用が行われかねないと思います。すると採用された障害者の条件整備や働く環 境が整わず、継続勤務が難しくなると思います。結果として、せっかく採用された障害者が辞めざるを得なくなってしまいます。  そのような危惧から、以下のことを強く要望します。

要望事項

(1) 貴教育委員会の水増しの実態を明らかにしてください。     何年からか、どの段階(学校 市町村 県)で改竄があったのか、水増しの内訳 (2) 貴教育委員会での障害者採用計画を提示してください。   職種、人数、障害種等 (3) 採用後の支援計画を提示してください。     人的物的支援の計画と予算だて、研修計画、相談窓口等 * 上記(1)から(3)の要望事項について、文書でご回答ください。 * この件に関して貴教育委員会と本会との話し合いを1月15日(火)から 1月31日(木)の期間で設けていただきたいと思います。 ご検討の上、事務局長 岩井 隆(携帯電話090-2441-0938)に 1月10日(木)までにご連絡くださるようにお願いします。

(資料)

 ■障害者雇用数の水増しがあった42都道府県      知事部局    教委  北海道    -     -  青森   2.0  32.5  岩手     -   5.0  宮城   5.5  10.0  秋田   7.5  41.5  山形  76.0  -1.0  福島  39.0  60.5  茨城  35.0  58.0  栃木  -1.0  58.5  群馬  36.5 123.5  埼玉     - 171.0  千葉  13.0 117.5  東京     -     -  神奈川 12.0 141.5  新潟     -   2.0  富山   9.5  63.5  石川  38.0  56.0  福井     -     -  山梨  17.0  35.0  長野   4.5  -6.5  岐阜     -  65.0  静岡  24.5  94.0  愛知     - 392.5  三重     -  46.0  滋賀   3.0  34.0  大阪     -     -  兵庫  -5.5 114.0  奈良   3.5  44.0  和歌山 16.0   1.0  島根  37.5   4.5  岡山   5.0   9.0  広島   1.0  99.5  徳島     -  13.0  香川  -9.0  18.0  愛媛  54.0  74.0  高知  30.5  -4.0  長崎  22.5  55.0  熊本  22.0  31.5  大分  -2.0  60.0  宮崎   2.5   1.0  鹿児島 18.0  -2.0  沖縄   7.0  71.5  〈2017年6月1日時点。「-」は水増しなし。「マイナス」は再調査後に障害者雇用数が増えたことを示す。北海道、福井、大阪は各警察本部、 東京は都水道局でそれぞれ水増しがあった〉 2018年10月23日 朝日新聞 社会面 資料2、資料3 は省略します