ノーマライゼーション・教育ネットワーク会員通信2018年秋号


台風12号により第23回定期総会中止!

                                   岩井隆

さすがに台風には勝てません

 残念なご報告があります。今夏7月28~29日に開催を予定していた第23回定期総会が中止となりました。台風12号による影響で す。この台風12号は岡山県・広島県など西日本に大きな被害をもたらしました。また、9月には台風21号による風水害、北海道の地震 と大きな災害が立て続けに発生しています。被害に遭われた方々には心よりお見舞いを申し上げます。1日も早い復旧・復興を祈念する次 第です。会員・読者のみなさんに被害はありませんでしたか?  7月の下旬は、本来ならば梅雨が明けて夏の真っ盛りの時期になります。例年通りに定期総会を7月下旬に予定していました。ところが、 予期せぬ台風12号が姿を現し激しい雨・風が予想されました。それでなくとも近年日本列島は自然災害が多発して大きな被害を被ってい ます。台風12号は総会が行われる7月28日の夕方から翌朝にかけて関東地方を直撃するような勢いでした。交通機関の混乱も予想されま した。そこで中止のやむなきに至った次第です。

ただ中止という訳にはいかない

 本年は定期総会、その後に「目が見えなくても授業はできるパート2」と題して模擬授業の実践、また2日目には「今、教育ネットに何 が必要か?」というタイトルで今後の教育ネットの方向を考える話し合いという企画を用意していました。これらの企画も中止せざるを得 ませんでした。本会事務局は、第23回定期総会そしてこの2つの企画を4月より計画し、討議を重ね準備を進めてきましたので、残念な 思いでいっぱいでした。会員のみなさんも同様な思いを持たれたことでしょう。  2017年度の総括・2018年度の活動方針・会計の報告と予算など、定期総会で討議し、決めねばならないことがあります。これらを議案書 として用意してありました。会員のみなさんにこの議案書を郵送し、議案の賛否を返送してもらうことで、定期総会に代えて議案を討議する 機会を設けました。  また、「目が見えなくても授業はできるパート2」と題した模擬授業・「今、教育ネットに何が必要か?」という話し合いも、2ヶ月後の 9月29日に開催することができました。  (これらの詳細につきましては、本誌に掲載の別記事をご覧ください。)

寄せられたメッセージ

 このようにして、7月28~29日に開催を予定していた総会や企画は時をずらし形を変えるなどしてどうにか予定していた内容を実施 することができました。これも会員の皆さんのご理解とご協力があってのことです。御礼を申し上げます。総会で予定していたことで1つ だけできなかったことがあります。それはメッセージの披露です。早稲田夕季議員(衆院神奈川4区)から総会そして総会参加者にメッセージ が送られてきました。それを総会の会場で代読する予定でしたが、その機会を得ませんでした。改めてこの記事の中に掲載し、総会でのメ ッセージ披露に代えさせていただきます。

早稲田衆議院議員のメッセージ

 ノーマライゼーション・教育ネットワーク代表 新井淑則様  時下益益ご清栄のこととお慶び申し上げます   このたびは、第23回教育ネット定期総会のご開催まことにおめでとうございます。  これまで皆様が積み重ねていらっしゃった活動に、心より敬意を表します。  私もこの間、国土交通委員としてバリアフリー法改正案に取り組んで参りました。  様々な障がいをお持ちの方にとって、日々働き生活をしていくうえで、取り除くべき  多様なバリアーが、まだまだ多く存在することを存じております。  立憲民主党としても現在、障がいをお持ちの方の情報アクセスを支援する 「情報・コミニュケーション法」制定に向けた取り組みを進めています。  言うまでもなく、皆様が解決を目指す課題すべてを解決することは容易ではありません。  私も政治に携わる者として、こうした取り組みを一歩一歩皆様と共に前に進めていきたい  と存じます。  共にがんばりましょう。        平成三十年七月 吉日             立憲民主党神奈川県第四区総支部長              衆議院議員                     早稲田 ゆき

模擬授業「目が見えなくても    授業は出来る:パートⅡ」が行われる

                             文責 宮城  9月29日(土)に模擬授業「目が見えなくても授業が出来る」が東京都障害者スポーツセンターで行われました。今年は7月の総会が 台風のため中止になってしまったので模擬授業の機会を是非作ろうという事で、学生の夏休み中に実施することにしました。埼玉大学ボラ ンティアサークルかやの木と教育ネットの共催で実施されました。学生4名、朗読ボランティアの榎本さん、国語の助言者として杉山先生 の参加があり総勢15名の参加でした。授業は2本立てで、最初に大船中学校に勤務する江口先生による社会科歴史分野の「幕藩体制のはじ まり」が行われ授業時間30分、その後に話し合い20分が行われました。続いて10分の休憩の後、皆野中学校勤務の新井先生による国語科 「字の無い葉書」が30分の授業と20分の話し合いで行われました。授業形態はどちらの授業もティームティーチングで行い、パートナー として社会科では飯島先生が協力し、国語科では内沼先生がパートナーを担当してくれました。それぞれの特徴ある授業が実施され、各先生 の授業に対する考え方の違いがあることが分かりました。実際の教室では30人を超える色々な意識の異なった生徒を授業に興味と関心を高め て充実した授業にすることのむずかしさと大切さを考える機会が持てました。  江口先生の社会の授業では、教科書の内容を丁寧に噛み砕いた説明が行われ、先生の歴史に対する深い知識と理解に基づいて授業が進めら れました。資料として江戸幕府の系図や、江戸時代の地図などを使うという事でした。また、パートナーの先生に、歴史の流れとしての、 関ヶ原の戦いや、大阪の陣などの年表の事項を板書してもらったり、大事なポイントを黒板に書いてもらって授業が進行しました。 豊臣氏を滅ぼした後、藩の体制を作り、旗本が沢山存在した。大名と石高の関係や、親藩大名、譜代大名、外様大名が存在した。江口先生は 丁寧に説明されました。さらに親藩大名は幕府と親戚関係にあると説明され、どんな大名がいるかと言う質問を生徒に投げかけていました。  話し合いでは、学生から幕府の旗本が7万人も存在したのは何故なのか。また、内沼先生から大名は1万石以上の石高であるが、石高とは どれくらいかと言う質問が出されました。江口先生はそれらの質問に対し、色々と丁寧に説明されました。実際の授業では資料や地図を読み 合わせて、生徒を考えさせて授業が進行するという事でした。  新井先生の授業は向田邦子の随筆で字の無い葉書という題材でした。3つの課題を新井先生自身が板書し、さらに、点字で書かれた課題の 文章を音読しました。そして、生徒に対して質問して答えさせるという形式で授業が進められました。最初の新井先生の質問は字の無い葉書 はどのようなものがあるか。また、東京大空襲とはどんなものでしたか。そして、最後の空襲はどこで起こったか。などの興味を喚起するよ うな質問がなされ、学生が指名されて、いろいろな答えが出されていました。質問に答えることで文章の書かれた背景などを生徒に考えさせ ることから始まっていました。その後も、前段では父親からの手紙に関わり、父親の性格や日常の態度から、父親の人物像について質問が出 されていました。後段では空襲の危険から末の妹を疎開に出さざるを得なくなり,字の書けない妹には、宛名だけの葉書を思いつき沢山の葉 書を持たせました。そして、疎開先の生活の様子を○の色や大きさで知らせてもらうことを考えたわけでした。小さい黒丸の葉書が送られて きたときや、×印の葉書きが来た時にどのように感じたか。また、妹が痩せ細った姿で帰ってきたとき、父親が見たこともない大声で泣いて いたのを見て、どのように感じたかという質問も出されました。さらには、全体を通して作者が父親をどのように捉え、感じていたかと言う 質問が出されました。これらの質問に答えさせることを大事にして進めていました。生徒全員が指名されて、ぼやっとしては居られずに課題 に引き込まれていきました。文章中に登場する人の人柄や何を感じ考えているかなどをそれぞれの生徒に考えさせ、発表させることを重視し た授業でした。目が見えなくてもすべての生徒を把握し、各生徒を指名して答えさせていました。また、パートナーの先生は、授業のまとめ として、作者の気持ちを、自分の父親の例などをあげて具体的に話してくれたので、大変印象的でした。話し合いでは、助言者の杉山先生が 向田邦子氏と作品を紹介してくれました。また、字の無い葉書の原本を持ってきていました。そこでは漢字で書かれていたところが教科書で はひらがなになっているということでした。漢字のままで良いのではないかと言われていました。  模擬授業を実施して、 視覚障害をカバーするにはどうするかという課題解決として、パートナーとの協力の在り方や本人の点字の利用が 重要なことが確認されました。同時に、それぞれの生徒にとって充実した授業時間となるように良い授業を作り上げるために、教師は研修、 努力することの大事なことを痛感させられました。

総会議案採決報告

               (文責 飯島)  会員25名のうち、定例会メンバー7名を除いた18名に議案書、ハガキ等を郵送しました。その結果ハガキ8名、メール1名、で計16名 賛成、反対0でした。  総会での決め方(出席者の過半数で、賛成なら承認)を基に16名賛成で議案は承認されました。回答された方、ありがとうございまし た。可決された議案書に沿って活動して行きたいと思います。  尚、ご意見として「ノーマライゼーションの前進のため教育ネットワークの活動に賛成しています。」他に「次年度もこの時期だと同じ ようなこと起きないか心配です。」とあり、定例会で検討したいと思います。

会員各位 ◆会費納入口座及び納入方法変更について◆

諸般の事情により、会費納入口座と納入方法につきまして、下記の通りに変更させていただくことになりました。  会員の皆様におかれましては、ご負担やお手数をおかけ致しますが、何卒、ご理解、ご協力いただきますよう宜しくお願い致します。 【新口座】ゆうちょ銀行       記号:10350      口座番号:94381121      名義:ウチヌマ ヒロミ ◎ゆうちょ銀行に口座をお持ちの場合は、ATM(キャッシュカード)利用で振込料は無料。 《ご注意》これまで、月3回利用まで無料でしたが、平成30年10月1日から、月1回までは無料、 それ以上利用の場合は1回123円の利用料がかかることになりました(詳細はゆうちょ銀行へお 問い合わせください)。 ◎ゆうちょ銀行から現金振込の場合は、振込料は540円。 ◎《ご注意》ゆうちょ銀行以外の金融機関からの振込の場合は、次の内容を 指定してください。 振込料は、各金融機関ごとに異なります。 (店名)〇三八(読み ゼロサンハチ) (店番)038 (預金種目)普通預金 (口座番号)9438112 (名義)ウチヌマ ヒロミ ◎上記いずれかの方法にて、【新口座】への会費納入をお願い致します。 尚、平成30年12月末まで、これまで同様の納入(旧口座・振込用紙利用)も可能ですので、 ご検討の上、宜しくお願い致します。 *ご不明な点は、事務局までご連絡ください。 ノーマライゼーション・教育ネットワーク 会計担当 森谷、内沼

「 会計係を退きます。」

                     尾崎裕子  本会発足前後から20数年にわたって会計係を続けてきましたが、諸事情から、此の度、退かせていただくことにいたしました。 大過なく後任の方に引き継ぐことができましたのも、皆様のご協力のお蔭と、心より感謝しております。  これからも、できる範囲で、本会の活動を応援していくつもりですので、皆様にも一層のご支援をお願い申しあげます。   定例会に出席する日は、家族のために夕食を準備してくる等の負担もありましたがこの会を通して学んだことが沢山あります。  女の人も長く社会活動を続けられる社会になって欲しいと願っております。

『みんなのみなのノスタルジア』から導かれたもう1つのノスタルジア

                      岩井 隆 (1)  埼玉県秩父の皆野町の美の山の麓「ムクゲ自然公園」に平家琵琶(平曲)とごぜ唄が流れた。9月1日、『みんなのみなの ノスタルジア』と 銘打ったイベントでのことである。演者は平家琵琶が新井淑則さん、ごぜ唄が広沢里枝子さんだ。お二人とも目が見えない。ご存知の向きも あるだろうが、平家琵琶もごぜ唄も中世~近世に盲目の芸人が生活の糧を得るために師から弟子へと代々受け継がれてきた伝統歌謡だ。平家 琵琶は男の琵琶法師が琵琶を奏で、ごぜ唄は女のごぜさんが三味線を手にして、その唄を聴衆に聞いてもらう。唄うのも舞台などではない。 人々が行きかうお往来に立つ。いわば大道芸であり、門付芸である。もちろんマイクなどはない。通る声を出さねば、その日の糊口もしのげ なかったろう。聴衆を求め生活の糧を求め遍歴放浪するのは避けられなかった。目が見えない者にとって唄うことは、生きていくことそのも のだったのだろう。  そう考えると、お二人とも目は見えないが新井淑則さんも、広沢里枝子さんも唄う必然性はない。 (2)  新井淑則さんは言わずと知れた学校の先生である。皆野町で生まれ、現在地元の皆野中学校に勤務している。音楽を教えている訳ではない。 国語の教師である。平家琵琶との関わりは、中学2年の古典教材に『平家物語」が出てくることである。「授業で適当に平曲を生徒に歌って 聞かせたのですが、全然違っていることが後で分かったんです。本当の平曲がどんなものか知りたかった。」旨を第1部のトークショーで語っ ていた。だからか、第2部の演奏での演題は「扇の的」と「敦盛の最期」だった。いずれも教科書に載っている教材そのものである。 (3)  広沢里枝子さんは、声が明るく、よく通る。声だけ聞けば、とても還暦を迎えお孫さんがいる方とは思えない。第1部では50年前に沼津 から転校してきた皆野小の思い出を懐かしくそして噛みしめるように話していた。自分史にもこのように書いている。「(目がよく見えない)私 が皆野町で暮らしたのはたった3年半ほどだったが、私の子ども時代の中で一番安心して子どもらしく過ごせたのはやはり皆野町時代だった と思う。皆野町で周囲の大人たちからも子どもたちからも大事にしていただいたことが、その後小田原に転向していじめなどに合っても折れず にすんだ自分と人への信頼の基盤になったと感じている。」今は完全に見えなくなった目に50年前の景色がおぼろげに浮かんでいるのかも知 れない。  現在は長野県東御市に住む里枝子さんは、この日お子さんお孫さんとともに皆野にやってきていた。心の故郷=皆野を子や孫にも見せたかっ たのだろう。 (4)  里枝子さんは結婚後に完全に失明したというから、20歳代から30歳代にかけてだろう。生活の糧を求めてごぜ唄を覚え、ごぜになったの だろうか? いや、失明した女性とごぜがストレートに結びつくそんな時代ではなかった。里枝子さんが失明した1980年代にはもうごぜさん が姿を消しつつあった。旅回りでは生活が成り立たず、ごぜさんの多くが廃業をしている。高田に残る座元の杉本家も杉本キクイさんが1983年 に病没している。わずかに長岡ごぜの小林ハルさんが老人ホームに入所しても唄い続けていたらしい。里枝子さんとごぜ唄との邂逅は21世紀 を待たねばならなかった。  里枝子さんは長野の地元ローカルラジオ局で自分の番組を持ち定期的に出演している。番組の企画で里枝子さんは新潟県の盲老人ホーム「胎内 やすらぎの家」に最後のごぜといわれる小林ハルさんを訪ねた。インタビューが進むうちに、1900年(明治33年)生まれで百歳を超えていて とっくにごぜ唄をやめていたはずのハルさんがごぜ唄を唄い出したのだ。「ハルさんの唄声は山鳴りのように私の心に響き、目からは涙が流れ 落ちてきました。」と第1部トークショーの最後に里枝子さんはその時の様子を述懐していた。 (5)  その小林ハルさんは2005年春に105歳で亡くなった。ハルさんに視覚障害の弟子(ごぜ唄継承者)はいない。江戸時代には日本の各地に いたごぜも、明治になり越後ごぜを残すのみとなり、遂にはその越後ごぜも小林ハルさんの死去でごぜとごぜ唄は滅んでしまった。が、まだ光明 がある。晩年のハルさんにごぜ唄を直接に習った晴眼の弟子が3人いるという。  広沢里枝子さんがごぜ唄を再び聞いたのは、その3人のうちの1人萱森直子さんだった。ごぜ唄を耳にした里枝子さんは躊躇することなく萱森 直子さんに弟子入りをしたとトークショーではっきりと語っていた。その弟子入りした年も話していたのだが、迂闊にも私は忘れてしまった。が、 弟子入りしごぜ唄を習い覚えたのはここ数年のことのようだ。それなのに、里枝子さんの今日のごぜ唄「葛の葉 子別れ」は会場内に響き、マイク がいらないくらいである。いや、マイクを通さない生の声だけの方がいい。声といい間といい見事である。ごぜ唄・小林ハルさん・萱森直子さんと 広沢里枝子さんとの遭遇は偶然の積み重ねだったかもしれないが、何かが引き合わせたように私には思えてならない。 (6)  考えてみれば、今も昔も音楽を生業とする視覚障害者は多い。故人では宮城道雄・初代高橋竹山・竜鉄也などの名が挙がる。懐かしい人では 長谷川きよしさん、現在活躍中では、ピアノの辻井伸行さん・テノール歌手の新垣勉さん・一昨年新井淑則さんと共に「塙保己一賞」を受賞した 津軽三味線の踊正太郎さんなどが思い浮かぶ。  視覚障害者は目が見えないためにかえって音に敏感になり、歌曲や演奏が得意になる。この俗説の真偽はともかくとして、確かに音楽関係に携 わる視覚障害者はたくさん存在した。かつては按摩鍼灸か琵琶法師・ごぜの他には生活の糧がなく、やむなく就いた生業だろう。聴衆に唄を届け、 旅回りの途上で病に倒れた琵琶法師・ごぜさんもいたはずだ。このようにして代々の師弟関係が芸の伝承と生活を支えてきた。が、近代に入ると、 それらとは血縁も師弟関係もない視覚障害者が音楽の才を花開かせている。そこには、琵琶法師・ごぜさんから数百年に渡り連綿として続くひと 筋の道があり、この道に現在音楽界で活躍中の視覚障害のアーチスト達も連なっているように、そしてこれらの者たちの胸底を流れる「見えない 伝承」があるように私には思えてならないのである。 (7)  かつての琵琶法師のように生活の糧を得るため新井淑則さんが平家琵琶を習い覚える必要はなかった。国語の先生になり、たまたま平家琵琶と 出会ったからだ。同様に広沢里枝子さんがごぜ唄を唄う必要もなかった。自分のラジオ番組を持ち、たまたま小林ハルさんにインタビューしたか らだ。だから、お二人とも習い覚えて唄うことの必然性はなかったはずだ。なのに、平家琵琶やごぜ唄との出会いが、自らの視覚障害者として背 負ってきた何かを心の奥にくすぶらせたのではないだろうか? あえて平家琵琶やごぜ唄を習い、覚え、唄うことによって、琵琶法師やごぜさんの 心情に近づこうとしたのではないだろうか? 平家琵琶やごぜ唄との出会いは「単なる偶然」ではなく「用意された偶然」だったと思う。その偶然 を用意したのは、琵琶法師・ごぜさんから連綿として現在の人たちへと続くひと筋の道とその胸底を流れる「見えない伝承」に外ならない。  私はこのように思っている。 新井淑則さんが平家琵琶を習い覚えること・広沢里枝子さんがごぜ唄を継承することは、ご本人の動機や目的が 何であろうと、またその自覚がなかったとしても、こうした先人達の思いを受け継ぐ営みだろう。そして、幾千幾万もの琵琶法師・ごぜさん、平家 琵琶やごぜ唄を楽しみにしていた市井の聴衆が私たちには見えない無数の手で新井淑則さんと広沢里枝子さんの背中を押している、そんな景色が私 の脳裏に浮かんでくるのである。

新井淑則先生の授業見学に行こう!

 本会代表の新井淑則先生の授業が今年も公開されます。 公開授業は、2008年(長瀞中学校へ赴任した年)からはじまり、転勤した皆野中学に引き継がれ本年で11回目を迎えます。 本年は、2年生の古典『平家物語』の授業が公開されます。新井先生が習い覚えている平曲(平家物語を琵琶の演奏にのせて歌う伝統音楽)が実演 される予定です。これはまたとない機会です。 授業の後に、新井先生そして一緒に授業をしている皆野中学校の先生方と話し合う時間も設けてあります。  視覚障害がある教師がどのように授業をするのか実際の授業を参観したい方、教育・障害に関心のある方、会員・非会員を問わずどなたでも ご参加いただけます。みなさん、奮って授業公開にご参加ください。詳しくは下記連絡先までお問い合わせください。 会場  皆野町立皆野中学校(?0494ー62ー0432) 日時  11月22日(木)        授 業 (5校時)  13時40分~14時30分       話し合い(6校時)  14時40分~15時30分 集合  秩父鉄道皆野駅改札口 12時50分  集合後、タクシーに分乗して皆野中へ向かいます  〈参考〉―電車(秩父鉄道)時刻   御花畑駅から(380円)  12時34分発→12時50分皆野着   寄居駅から(540円)  12時15分発→12時43分皆野着   熊谷駅から(800円)  11時43分発→12時43分皆野着 【自家用車利用の方は13時20分までに皆野中学校会議室にお越しください。】 宿泊 22日夜、皆野近辺の宿で懇親会を兼ねて宿泊します。(希望者のみ)    料金は1泊2食で1万円前後を予定    【翌23日に観光イベントを計画中 乞ご期待】 ※6校時終了後に帰宅される方 次の電車があります(皆野駅発の時刻です)   御花畑方面 16時13分  寄居・熊谷方面 16時09分 ※秩父鉄道では、障害者手帳の提示で1人でも割引料金(半額)で乗車できます。 ※中学校におおよその参観人数をお知らせする予定です。授業公開に参加される方は下記連絡先へ11月11までにお電話ください。 ※11月22日の泊を予定している方は早めにご連絡ください。宿泊の申し込みの締め 切りを11月11日とさせていただきます。 連絡先 090―2441―0938(岩井)