山本問題(1)(車椅子使用で復職)

 川越市福原小学校に勤務していた山本洋子教諭は、1987年の交通事故の後遺症で両足の膝の半月板損傷等のため、両膝機能障害による苦痛があった。杖をついて歩くことはできたが、直ぐに痛みが増加して長く立ち続けることはできなかった。痛みの増加とリハビリのため入院し、休職していた。
 1998年4月、下肢障害のため車椅子使用で復職することになった。教育ネットは下記の要望書を作成し、学校長と川越市教育委員会に提出した。要望内容は①車椅子使用のため次の対応策を講じて頂きたい。段差解消のためのスロープ設置、給食用のエレベーター使用許可、洋式トイレ使用等②授業の持ち時間を軽減し、休憩や授業準備をする時間を保障して頂きたい。③担任外にして頂きたい。
 復職時の勤務の条件は、車椅子使用が認められ、講師の配置が10時間あったが、山本教諭の軽減は3時間のみで、時間担当7時間は他に流用された。担任も持つことになった。山本教諭は無理して勤務をせざるを得なくなり、体に負担がかかり、疲労が蓄積していった。障害に対する配慮が不十分であると言わざるを得ない。教育ネットは障害者の生活と権利を守る川越市民の会と川越教組と共闘して川越市教委に要望書、①継続勤務の保障をして頂きたい。②持ち時数の軽減と講師配置をして頂きたい。③車椅子使用の物的環境整備をして頂きたい。で交渉した。川越市の講師が継続して配置されて成果があった。
 しかし、通勤の途中で再度の交通事故を起こしてしまい、休職せざるを得なくなった。
 1999年4月、復職することが出来た。車椅子使用で勤務し担任外となり、講師配置が5時間あったが山本教諭のために2時間だけしか軽減されなかった。復職して間もなく肩の炎症で激痛が発生し休職に入らざるを得なかった。
 今度は3か月休職、7月復職となったが、6時間の家庭科講師が配置され山本教諭の持ち時間が軽減され、15時間担当となり復職して勤務が継続可能となった。
 2学期以後の担当時間が21時間に戻るという話が出て、市民の会などの交渉を持ったが、校内で3時間都合して持ち時数が18時間となった。しかし、年度末になり、休職中の同僚が4月から復職してくるので、担任外が2人になってしまうという状況が出てくる。そのため山本教諭が異動することになった。山本教諭は県立盲学校への異動希望を出していたが、実現しなかった。
 2000年4月から新宿小学校への異動が決定した。
 教育ネットとしては4月3日、前任校と同様の労働条件の実現の要望書を川越市教委に提出した。①異動に際し段差の解消や、トイレの洋式化等の他、様々な条件整備をして頂きたい。②担任外にして頂きたい。③講師を配置し持ち時間を15時間にして頂きたい。④エレベーターまたは昇降機を設置して頂きたい。等の内容で提出した。
 新年度の勤務条件として次の内容が認められた。車椅子使用で勤務継続で、担任外とすること、18時間のうち2時間の講師配置が行なわれ、持ち時間16時間担当となる。給食用のエレベーターの使用が認められる。更にリハビリ、定期通院の保障が行われた。年度途中の疲労感が強まることもあったが、勤務継続が出来るようになった。